泊めて欲しい

2020年12月10日

僕が高校生の頃の話だ。
当時、僕の両親は不仲であり、母は家出同然だった。出張がちな父の状況と相まって、広い家で一人っきりになる状況もままあった。
そういう経緯もあり、男女問わず交友が深かった僕は、「泊めて欲しい」と言われたら断ることなく家に外泊させていた。
ぶっちゃけた話、初体験も僕の家に泊まったクラスメイトとの乱交パーティーだった。
更に僕は親の監視がないことをいいことに、セックスだけではなくて酒やたばこなどにも手を出していた。主のいない一軒家で、誰も僕の行動を制限しなかったのだ。
ただし、そんな僕の状況を憂えてくれた存在が一人いた。新任で僕のクラスの副担任だった女教師である。
まだ20代前半の、女子大生の空気も残す先生で、ワンピース越しにでもわかるふくよかなバストと滑らかな腰つき、カールを入れた長い髪に太い眉、そして目鼻立ちがしっかりした顔立ちは、多感な高校生にはまぶしい存在だった。
やがて、クラスメイトのチクリにより僕の素行は知れることになった。
一度、母親が呼ばれて先生と三者面談をしたことがある。その時、既に親であることを放棄していた母親は「心配だったらアンタがこの子を見張りなさいよ!」と先生に向って逆ギレする始末だった。
すると、先生はとんでもないことを僕に言った。
「泊めて欲しいんだけどいいかな?」
誤解している人が多い
それが周囲にどういう誤解をもたらすか、彼女自身もわかっていたはずだ。しかし、先生は真剣だった。
こうして、僕と先生の奇妙な共同生活が始まった。
先生が作ってくれたご飯を食べながら楽しく雑談したり、夜は遅れていた僕の勉強を見てくれたりした。
先生は僕の親をやりたかったのかもしれない。しかし、湯上りの先生から漂う艶気は、先生の生徒ではなくて、僕を一人の男性として目覚めさせるには十分だった。
「泊めて欲しいとは言ったけど、それはダメだよ」
先生は僕の性欲に対してさりげなくストップをかけてきた。さすがに僕も先生を押し倒すような勇気は出なかった。
ただ、先生が一つ屋根の下にいることで、僕の生活は次第に自制が効いてきた。酒もたばこも乱交も、留まることを知らなかった僕と言うレールに、ようやく先生と言うストッパーが現れたことにより、歯止めがかかったのだ。
そして、父が出張から帰ってきたことにより、僕と先生の共同生活は終わった。家を出ていく先生の姿に僕は言葉にならない寂しさを覚えた。
しばらくして、先生は退職した。何があったか詳しくは知らない。ただ、そんな先生の体を張った行動が問題視されたことは容易に想像がついた。
あれから、10年が経つ。僕は立派に成人した。既に実家は出て独り立ちもできた。僕が道をはみ出さずに人生を歩めたのは、今でも先生との共同生活のおかげだと思っている。
今でも、僕は体を寄せながら勉強を教えてくれた先生の体温を思い浮かべながら、女教師物のAVを見て妄想を続けている。
タダマンのやり方
割り切り

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